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新潟地方裁判所 昭和37年(行)2号 判決

原告 藤間正雄

被告 国 外一名

訴訟代理人 板井俊雄 外四名

主文

原告の請求はいずれもこれを棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一申立

一  原告の申立

被告国は原告に対し別紙目録記載の土地(以下これを「本件土地」という。)について昭和二二年一〇月二日新潟県知事がなした買収処分の無効であることを確認する。被告茅野は本件土地につき新潟地方法務局昭和二四年一二月一七日受付第一〇、五七七号をもつて被告茅野のためになした所有権取得登記の抹消登記手続をせよ。訴訟費用は被告等の負担とする。

二  被告国の申立

(イ)  本案前の申立

被告国に対する訴えを却下する。訴訟費用は原告の負担とする。

(ロ)  本案に対する申立

原告の被告国に対する請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。

三  被告茅野の申立

原告の被告茅野に対する請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。

第二主張

一  請求原因

(一)  原告は昭和一二年五月二一日被告茅野の先代訴外茅野市太郎から本件土地を買い受けてその所有権を取得し同訴外人にこれを賃貸していたものであつて被告茅野は相続によつて賃借人たる地位を承継した。

(二)  訴外新潟県知事は昭和二二年一〇月二日本件土地について自作農創設特別措置法(自創法)三条一項一号による買収をしたが、右買収は、次のような重大かつ明白な瑕疵があるので無効である。すなわち、右買収当時、原告は国鉄新潟管理部に勤務して新津市内に居住していたが、岩船郡下海府村大字寒川一二五番地には、原告が戸主名義となつて、同所に原告の母と妹が居住しており、したがつて、買収令書を交付できない事情がなかつたにも拘らず、新潟県知事は原告に対して本件土地の買収令書の交付をしなかつたのである。

(三)  ところが、被告国は自創法一六条により本件土地を被告茅野に売り渡し、昭和二二年一二月一七日新潟地方法務局受付第一〇五七七号をもつてその旨の登記がなされた。

よつて、被告国に対しては右買収処分の無効確認を求めると共に、被告茅野に対しては本件土地所有権に基いて右取得登記の抹消登記手続を求める。

二  被告国の抗弁および答弁

(A)  本案前の抗弁

被告茅野は、本件土地について民法一六二条二項の要件を具備した占有をなした結果その時効を完成し、本訴においてこれを援用している。そのゆえ、被告茅野は本件土地の買収処分の効力とは関係なくその所有権を取得したのであるから、原告は被告国に対し、本件土地買収処分の無効確認を訴求する利益を有しない。被告国に対する本訴は不適法として却下さるべきである。

(B)  本案に対する答弁

請求原因中、(一)(三)は認める。(二)のうち、新潟県知事が昭和二二年一〇月二日本件土地について自創法三条一項一号による買収処分をしたことは認めるが、その余は争う。新潟県知事は、本件土地の買収令書交付の宛先を岩船郡下海府村大字寒川一二五番地として、当時の下海府村(現在の山北村)農業委員会にその交付を嘱託したところ、原告の住所が不明との理由によりこれが返戻されたため、交付不能としてその後交付に代えて新潟県報に公告したのである。したがつて、本件土地の買収処分には何等の瑕疵がない。

三  被告茅野の答弁および抗弁

(A)  答弁

請求原因中、(一)(三)は認める。(二)のうち、新潟県知事が昭和二二年一〇月二日本件土地について自創法三条一項一号による買収処分をしたことは認めるが、その余は不知。

(B)  抗弁

被告茅野が新潟県知事から本件土地についての売渡通知書を受け取つたのは、その発行日たる昭和二三年三月三一日より二日後の同年四月三日頃であつたが、被告茅野は爾来今日まで本件土地について所有の意思をもつて平穏公然善意無過失に占有を継続してきたから、右同日から一〇年を経過した昭和三三年四月二日をもつてその取得時効が完成し、本訴(昭和三七年六月一三日午前一〇時の口頭弁論期日)においてこれを援用する。したがつて、本件土地の買収処分が有効に行なわれたか否かに関係なく、被告茅野に対する本訴請求は失当である。

四  被告茅野の抗弁に対する答弁および再抗弁

(A)  答弁

被告茅野は、本件土地の占有を始める際本件土地の買収処分が無効であること、すなわち、原告に対し買収令書の交付がなくかつその対価の支払いのないことを知つていたものであり、仮りにこれを知らなかつたとしても、調査すれば容易に知り得たにも拘らずその調査をしなかつたのは、過失があるというべきである。したがつて、一〇年の期間によつても取得時効は完成せず、抗弁は理由がない。

(B)  再抗弁

仮りに、被告茅野が本件土地の占有を始める際に善意無過失であつたとしても、原告またはその代理人たる同人の妻が被告茅野に対し昭和二二年一二月から昭和三六年一一月までの間に前後一八回にわたつて本件土地の返還を要求した際、被告茅野は原告が本件土地所有権を有することを承認したのであつた。したがつて、本件土地所有権の取得時効は、右要求の都度それぞれ中断したものである。

五  再抗弁に対する被告茅野の答弁

否認する。

第三証拠〈省略〉

理由

一  被告国に対する請求について

被告茅野が本件土地所有権を時効によつて取得したものであることは、後記認定のとおりである。したがつて、原告が被告国に対し本件土地の買収処分無効確認を求めてみても、その勝訴判決によつて本件土地所有権が原告に復帰することにはならないから、本訴はその利益を欠くものと解され、棄却を免れない。

二  被告茅野に対する請求について

原告が昭和一二年五月二一日被告茅野の先代訴外茅野市太郎から本件土地を買い受けて所有権を取得し之を同訴外人に賃貸し被告茅野が相続に因り賃借人たる地位を承継したこと、訴外新潟県知事は昭和二二年一〇月二日本件土地について自創法三条一項一号による買収処分をしたこと、被告国は本件土地を被告茅野に売渡し、その旨の原告主張のような登記がなされていること並に被告茅野が本件土地の賃借中は勿論売渡を受けた後も引きつゞきこれを占有してきたことは、いずれも被告茅野との間に争いがない。

そこで、被告茅野の時効取得の抗弁について考えると前段認定のように被告茅野が本件土地を占有して来たこと、自創法によつて売渡をうけたこと、並に成立に争いない乙第二号証、証人山岸栄吉の証言と被告茅野本人尋問の結果を綜合して認められる右売渡令書が被告茅野に送達されたのは昭和二三年四月二日頃であること等の事実よりすれば被告茅野は右売渡通知を受けた日から本件土地について所有の意思をもつて平穏公然善意に占有していたものであることが推定されるところ、この推定をくつがえすに足る証拠は存在しない。次に、被告茅野が、本件土地の売渡処分を受けたことによつて、その所有権を取得したと信じたことに過失がなかつたかどうかが問題となるのであるが、およそ自創法による農地の売渡処分があつた場合、買受人はその処分の効果として農地の所有権を取得したと信じるのは当然であり、特別の事情がある場合のほかはそう信じるについて過失がなかつたものと認めるのが相当である。これを本件についてみるに、被告茅野が本件土地の買収処分に原告主張の無効事由があること(真実これがあつたかどうかは別として)を知らなかつたことについて、被告茅野に過失の責を問うべき特別の事情の存在が認められないのである。原告は被告茅野の抗弁に対し、本件土地買収処分の無効事由は調査すれば容易にこれを知りえたにも拘らず調査をしなかつた点に過失があると抗争するが、農地買収処分についてそのような調査を一私人たる被告茅野の責に負わせて過失を問うことは、酷な要求であるといわねばならない。

さらに、原告の時効中断の再抗弁について考えると、原告本人尋問の結果自体によつても未だこれを認めることができないのみならず、単に昭和二二年一一月から口頭で被告茅野等に交渉していたにすぎず、その他時効中断の手段をとつていないこと主張自体から明らかであり、右尋問の結果は証人藤間ユキの証言および被告茅野本人尋問の結果に照らしても信用できないものである。その他右再抗弁事実を認めるに足る証拠はない。

以上の事実によれば、被告茅野は、本件土地について占有を開始した昭和二三年四月三日頃の翌日から起算して一〇年を経過した昭和三三年四月三日頃の満了をもつて、その所有権を時効取得したものというべきである。したがつて、原告の本件土地所有権に基く前記取得登記の抹消手続を求める本訴請求は理由がなく、棄却を免れない。

三  よつて、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 吉井省己 龍前三郎 小川喜久夫)

(別紙目録省略)

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